実は都市部の方が深刻と言われる高齢化問題 遠くの親族より近くの他人

日本の総人口は減少しているのにも関わらず、65歳以上の高齢者は年々増加し、2025年には人口の約3割に達する。先進国の中で、真っ先に突入するその状況を、日本はどうやって乗り越えて行くのだろう・・・

先日下北沢のカレー屋さんでお昼を食べた後、近くの郵便局に立ち寄った。椅子に座って待っていると、隣に座っていたお婆ちゃんが

「この紙のお金をこないだ支払ったのに、また払わなきゃいけないの?」

とNTTの支払い用紙を手にしていた。何だか全く要領を得ないので、1つ1つ確認しながら

「お婆ちゃんは、これ払ったのに、また同じ請求が来たんだ?」

「今まで、そんなお金は払ったことがないよ。それでこないだ夜の9時頃、電話局の男の人が作業しに来て、それからうちの電話が使えないの」

とにかくお婆ちゃんが困ってるのは、この請求の件と、電話が使えないということらしい。このままお婆ちゃんの話を聞いていても埒があかなそうなんで、その請求書を元にNTTへと問合せをすることにした。

「もしもし※※※番の請求の件について確認したいんですが、住所は※※、契約者は※※※です。僕の名前は古澤徹です。え?契約者との関係?近所でお婆ちゃんと顔なじみで代わりに聞いてくれと(物事がスムーズに進むためには、ちょっとした嘘は必要です)それで名義の旦那さんは亡くなられているんですよ。はいはい横に居ますよ、代わりますね」

「はい、私は※※です。そうなんです。郵便局で横に居た方が親切に聞いてくれて(先ほどの嘘は直ぐにバレてしまいました・・・嘘はやめましょう(笑)」

そしてまた電話は僕に。

「この請求の支払い方法ですが、口座引落しになってますか?」

僕は、本当は口座払いだったけど、故人の口座のままだったり、たまたま残金がなかったり、普段コンビニ払いじゃないから混乱してるんだろうと思っていた。

「あ、そうですが初めからコンビニ払いで、毎月支払われている? はい。で、NTTの作業員さんが夜遅くに来たらしいんですが? はい。夜来ることはない。使用できない事に関しては故障センターに、わかりました」

「お婆ちゃんこれはね、毎月送られてきて払ってるみたいよ」

「あら、嫌だわ痴呆が始まってるのかしら」

「色々送られてくるからね、僕でもわからなくなるよ」

そして故障センターにかけると、信号は来ていると、確かに僕がその番号にかけたらコールは聞こえる。そんなことを10分位やっていると、郵便局の方が不審がって話しかけてきた。搔い摘んで説明するが、俺の事は話半分で、お婆ちゃんに始めから質問する。

そりゃ仕方ない、僕革ジャン着てますから!!!

と心で呟く。一通り話を聞き、自分達には関係ないのを確認し戻って行った。

「ごめんなさいね忙しいのに。あなたがニコニコしてて話しかけやすそうだったんで」

ニコニコ?さっきすれ違った可愛い子との、ムフフな妄想でもしてニタニタしていたのだろうか・・・
僕はよく老人から話しかけられる。

「兎に角、お婆ちゃん今電話使えないんだ?そりゃ困るね」

何故か、作業員の人を呼んだりするのに積極的じゃない。それは有料だからとか言う問題だけではなさそうだ。

「今から行って、僕が確認してやろうか?ここから近いんでしょ?歩いていけるなら」

と言うことで、木曜の昼下がり仕事はとりあえず後回しで、ひょんな事からそのお婆ちゃんの家に行くことになったのである・・・

さあ、ここまでが紙のオージャス通信でしたが、このあと続きます・・・

 

郵便局を出て、バイクを押しながら歩き出す

「重くない?大変でしょう。乗って行ってもいいわよ」

「大丈夫です。意外と軽いんですよ」

意外にお婆ちゃんは、バイクの後ろに乗っても平気らしい。いやむしろ乗りたい位の気分のようだ。しかし世田谷を80歳過ぎのお婆ちゃんとバイクで二人乗りしている映像は、AmazonのCMのように微笑ましく映るかもしれないが、怪我でもされた大変である。しかもヘルメットがない!

「本当に平気?この坂を登って・・・」

このバイクは大型じゃないから確かに軽いんだけど、坂道は確かに辛い、「やっぱ、置いてくれば良かったかな、この坂道を最後まで登るんだったらどうしよう」と心で呟く。

「そしてここを右ね」

どうも、ここ以外は坂は無さそうだし、おばあちゃんの10分ちょっとって言うのが実際の時間と乖離してるんじゃないか?と心配だが、歩いて帰れるってことだから、と自分に言い聞かせる。

しかしここまで読んで頂いた方は、僕のことをこんな風に思ってるかもしれない。
なんて親切で優しい人なんだろう。やっぱりヨガスタジオなんてやってらっしゃるから、きっと聖人みたいな人なんだわ!とか

いえいえ、確かに私はお人よしで、頼まれたら断れなくて、浪花節的性格ではありますが、人間とはそれぞれの人によっては違う印象が持たれていたり、どこかで僕に対し「あのヤロー!」みたいに思われてることもあるだろうし、現に事件を起こした人とかの近所の方のインタビューで「凄く優しい子だったよ。会うと元気よく挨拶してくれたしね」とか言うのもよくあります。それにお婆ちゃんが、物凄いお金持ちで、腰を抜かすほどの豪邸に住んでたら・・・ファファファファファ~ンみたいな淡く疚しい期待もアリアリです。

「お婆ちゃんはここらへん住んで何年くらいになるの?」

「そうねここらへんに住んで30年くらい経つね」

お婆ちゃんは一頻り今までの人生を僕に話してくれた。神戸で生まれたこと、亡くなったお父さんは銀行に勤めていたこと、無農薬の野菜をわざわざどこどこのスーパーに買いに行ってること、息子さんは遠くに住んでいること、娘さんは都内に住んでるけど、旦那さんが大変で、頻繁には会ってないことなどなど・・・若者の街代表みたいなこの街から少し住宅街に入ったエリアで、見落されがちだけど、一人暮らしのお年寄りは多いのかもな~とか考えながら、そしてお婆ちゃんは気を遣って近道を探りながら進んでるみたいだが、この道が本当に合ってるのか?と僕は心配している。いつもと違う街の雰囲気を感じ15分くらい歩いた頃、あっけなく目的地に到着した。(一般的な2階建てのお宅です。豪邸ではありませんでした(笑)世田谷にお家を持ってらっしゃるんですから、それだけで凄いことです!)

門の前にバイクを停めて、軽~い不安が過ぎりました。門の向こう側から玄関が確認出来ないほど、草が生い茂ってるのです。そして玄関のチェーンの鍵を開けようとするお婆ちゃん

「ちょっと待ってね、鍵はこれだったかしら」

と、ざっと20個はあろうかと思われる鍵束を取り出します。この中からお目当ての鍵は見つかるのか?と思いましたが一発で開きました。そして密林のジャングルの獣道を歩くかの如く草を掻き分けながら玄関へ。

「あら、玄関が開いてる!怖いわ~誰か来たのかしら・・・」

チェーンが掛けられたまま、そのドアは半開きになってました。ここらへんで僕はちょっと心配になります。

「向こうから回ってくるわね」

と勝手口なのか、庭の掃きだし窓からなのか、とにかくどこから入って玄関を開けてくれた。

「散らかってるから恥ずかしいわ」

テレビとかで映るゴミ屋敷とまでは行きませんが、まるで荒らされたように、チラシやら、特に必要じゃない物が足元に散らかっています。でも僕は大変だと思うんです。毎日毎日チラシ等が投げ込まれていく東京の街で、必要な物とそうじゃないものを選別したり、年を取れば尚更だと思います。それにきっと10年前に旦那さんと暮らしてた、その形跡がまだそのままで、勿論二人で生活していた空間を完全に、お一人仕様にするなんてそもそも不可能なように思えます。そんな事を考えながら早速電話の確認に入ります。

電話のコンセントはちゃんと入ってるな~僕は所詮はその程度だろうと予想してましたが、そうではありませんでした。それにどこの誰かわからない人が電話機の周りで何かやって帰った。と話していたのでもしかしたらケーブルテレビとかの人間が、使いもしないモデムとかを設置して行ったかな?とも考えたが、そうでもなかった。受話器を上げたけど音の反応はなし、電話線の抜き差しを行ったけど反応はなし。僕の携帯から発信し、ダイアル音はするけど、固定電話から音は鳴らない。

「2階にも電話があってね」

お婆ちゃんは軽やかに階段を登って行った。(ここではバリヤフリー対策しないことが体に良い作用をしてるらしい)テレビは点けっぱなし、帰って音がないのが寂しいのかな?そしてその部屋も辛うじて布団がひかれてるスペースがある感じだった。2階の電話も確認するが同じ状態だった。けれど非常にシンプル形状の電話機なので機械の故障ってのは、あまり考えられない。しかも電話機が2個とも故障するなんて。とにかくケーブルを一度全て外して、これまた全部のケーブルが断線したりして使えない状況であるとも考えられず。また1階に戻り、家にあった全部のケーブルで確認したが、結果は同じ。2階の電話機はコンセントではなく電池式だったので電池を交換して再度試したけど結果は同じ。改めてNTTの故障センターに電話で確認する。

「もしもし※※※番の電話の状態について確認したいんですが、住所は※※、契約者は※※※です。はい僕は息子です(さきほどの教訓も忘れて嘘は更に大きくなってます(笑)名義は亡くなった父です。で今使用できない状況で、信号の状況を確認してもらえますか?」

僕は電話工事の専門家でも何でもありませんが、機械も人間関係も、その仕組みや、それぞれの関係をゆっくり辿って1つづつ丁寧に見つめていけばきっと、どんなものだって元通りになると信じています。そしてこの状況、電話使えるようになったよ。チャンチャンって形を迎えないと収束の道は見えません!引き続きNTTとの会話は続きます。

「そうですか、壁まではちゃんと信号はきてますか。じゃあ家の壁から中での問題ですね。因みに電話線ってのは電信柱から、外壁に伸びてきてるんですよね?ちょっと外に行きます。ここか~とりあえずまた電話します」

とりあえず塀に登って、その部分を確認した。ケースを開けると線が外れている。それがそもそもどのような状態であるべきか僕には正解が分からなが、電柱からの線が、下側に二股で入って来ていて、同じように室内への送り側も二股になっているみたいだ。結線するにはドライバーが必要だったんで

「お婆ちゃん、ドライバーがいるんだけどお父さんが使ってたような工具箱あるかな?」

「どこかにあったかしら。ちょっと待ってね」

そしたら普通の家庭に充分な工具が出てきた。それを持ってもう一度塀に登る。

「気をつけてね」

果たしてこの線は、片方に2つ刺さってたのかな?1つがなんとなくそちらに挟まってたから、まずは片方に2本付けてみて、スマホから電話をしてみる。すると今度はコールできない状態になった。電話機を確認しにいくと異音がする。解決してないが変化はあった。こう言う変化を積み重ねるのが重要なんだ。再度塀に登って今度は片方の線をもう1つの差込口にそれぞれを接続させる形でドライバーでネジをかしめる。そしてスマホから電話を掛ける。

すると、静かな住宅地に電話のベルが鳴り響いた。それは幸福の鐘のように僕を満たしてくれたと同時に、勝手に抱え込んだ義務感から開放された瞬間だった。

「お婆ちゃん電話直ったよ!」

僕は子供のように無邪気に叫んだ。お婆ちゃんは缶ジュースを2本玄関に置いてくれてる。そしてカフェオレなのか何かわからないが、その様な色をした飲み物を作ってくれていた。

「お婆ちゃん良かったよ。とりあえず電話が直って、ちょっと子供を18時までに迎えに行かなきゃならないんで、もう帰るねジュース貰っていくよ。有難う。それに一応知らない人間がお邪魔したんで僕の名刺置いていくね、何かあったら娘さんから連絡してもらうと良いよ」

「やっぱり、こんな婆さんが作ったのより缶ジュースの方が安心だよね」

と、お婆ちゃんは寂しく呟いた。確かに台所を眺めて不安になったのは本音だし、汗だくになってたから熱いものが飲みたくなかったのも事実だ。僕はなんだか居心地が悪くなって、何を言っても言い訳がましく聞こえる様に思って言葉に詰まったけど

「全然そんなことないんだよ、もっとゆっくりしたいんだけど、本当にお迎えが間に合わなくなっちゃうんだよ」

これは本当である。

今日は妻が仕事で遅い日だからご飯食べさせたり、風呂入れたり、宿題させえたり、寝かしつけたり、やることが盛り沢山なんだ。

「今度、息子連れて表の木の枝とかを切ってやろうか。あれじゃ悪いこと考えてる奴等に目を付けられっちゃうよ。とにかくまた近くに来たら顔出すから」

「今日は本当に有難うね。気をつけて帰ってね」

そしてバイクに跨り急いで帰った。家路を走りながら「お婆ちゃんが言う様に、その誰かわからない者が来たのと電話線が外れてたのが関係あったら・・・」僕はそのことが不安で交番に言って報告したかったけど、そうなるとお迎えが間に合わないしな・・・そんな逡巡する気持ちを抱えながら子供2人を時間内にピックアップする事が出来た。やっぱ何かあったら心配だし、今日中には交番行っておきたい。しかし「今日は絶対、銭湯とか行かず家でご飯食べさせて、宿題もやらせて9時半には寝かせてね」と、妻から釘を刺されていた。いつも僕が、母さんが居ないときくらいは、とか甘やかしてるからである。でもちゃんと話せば理解してくれるだろうと

「アラタ、ちょっと今からおまわりさんのとこ行こうか、それから銭湯行って、その後ご飯ね。我慢できる?」

「いいよ」

そして世田谷警察署に、お婆ちゃん家の所轄の交番を確認し、子供2人をサイドカーに乗せて、246から環七を走った。

2人を連れて交番に入ったら若い警察官が出てきた。若くても立派な警察官であることに間違いないが、こないだまで大学生のような若さに「ちょっと色々複雑なニュアンスが伝わらないんじゃないかな」という心配もあって彼には悪いが、

「巡査部長は居ますかね?」

と申し出ると、呼びに行ってくれた。すると奥から年配の警察官が現れた。僕は一通り今日の事を話した。

「住所とお名前はわかりますか?」

そして住所を知らせると。

「ああ、その方は僕らわかってます。先週も行きましたし、区役所の方も把握してます。玄関のとこに粘着テープが貼ってあったでしょ?兎に角大丈夫ですから」

なんだか少し訳ありで、個人情報云々で色々話せないのか、有難迷惑な様子だったが

「兎に角、おばあちゃんが言うには、知らない人がやって来て電話をなんやかんやいじって行って、そこから電話使えなくなって、それで僕が調べたら電話線が外れてたし、自分じゃそんな事出来ないから、色々問題のあるお婆ちゃんかも知れないけど、そんな先入観で大事な事実を見落すこともありますからね。それにあんなに草が生えてたら、老人一人暮らしで身寄りもいないと思われて、良からぬ連中に目を付けられるだろうし、とりあえず僕も一人暮らしのお年寄りの家にお邪魔してますから、そこも報告しなきゃならないだろうし、それで娘さんが居るらしいから一応名刺を置いてきましたよ。庭だって別に迷惑じゃないなら僕が片付けに行っても良いんだけど、心配だしね」

「娘さん近くに居るんだから、本当はあれだってちゃんと切ればいいんだけど・・・兎に角明日行ってみますから。有難うございました」

と、何か含んだ感じで、色々あったんだろうが、まるで突き放すように言うもんだから、僕は納得してこの場から帰るしかなかった。

僕はその後、子供の世話をしながらもずっと考えていた。何で娘さんが近くに居るのにあんな状態なんだろう・・・息子さんは何してんだろうとか。もしかしたら、あのお婆ちゃんの子供たちへの接し方がこんな現状を招いてるのかもしれない。とか!全ては僕の勝手な想像で当人たちからすれば、大きなお世話だと思われることだ。

しかし人生とは本当にままならない。経済的問題もそうだが、人間は精神的な面に於いて中世から特段進化した訳でも無いのに、幸か不幸か科学や医学やその他あらゆるものの進歩により、そして戦争の無い地域のお陰で、肉体に死が訪れる時間は格段に長くなった。長生きは人類共通の願いだった筈だが、それによって引き起こされる問題も多い。ヨガはそんな心の問題に対し慰め程度でもいいから役にたつ事ができるのだろうか?心と体を丁度良いバランスで居られる手伝いができるだろうか?少しでもそんな事に貢献できると信じたい。そして現場で頑張ってる先生たちに改めて感謝し、たまにこんな風に仕事を後回しにしてしまいますが、どうぞ皆様今後もオージャスを宜しくお願い致します。

って宣伝かよ!

という訳で長々と最後までお読みいただいた方に感謝を込めて。

長生きとは人類が目指した幸福の形である。しかし経済的問題や人間関係など、幸福な人生は、その長さだけで測れるものではない。